瑠璃色の雫
明治。
それは、日本の文化と外国の風習が入り混じる不思議な時代。
和服よりも洋服がまだ珍しく、少々高かった時代。
人々は、戸惑いながらも海外の風習や技術を受け入れていた。
あるものは魔法だと驚き、またあるものは海外のものを見れて感動し・・・。
そんな時代、海外からの輸入物を取り扱う“皐月堂(さつきどう)”という、
店員全員が洋服の一風変わった店があった。
町の大通りに面した場所に建つその店は、町の近くに貿易港があることもあってか、
外国人や富豪と呼ばれる人でにぎわっていた。
そんな中、この場には場違いのように思える元気としか表現できない声が響いた。
「ゆ〜う〜き〜。元気かなぁ?」
「美咲、お前はよほどの暇らしいな」
美咲と呼ばれたその少女は、別段その言葉に怯むことなく勘定の集計をするカウンタァの奥へと近寄った。
そこには、あやとりで遊ぶほのぼのとした兄妹の姿があった。
場所が場所なだけに、こちらも多少違和感を感じてしまう。
何故、人気の店にこのような若者がいるのか。
理由は単純だ。
この店の子供と、近くの幼馴染。
勇樹と呼ばれた少年と美咲は、実は許婚でもあったりする――。
「ねぇ、勇樹。今度この近くにカフェが出来るらしいの。
今度一緒に行って見ない?もちろん勇樹のおごりで」
相手が何か言う前に、自分の言いたいことを言ってしまう。
相手に反論の余地を与えないのが、この美咲の口調。
「わたしもいきた〜い!」
突然幼い声が響いた。
誰かと思えば、勇樹と先ほどまであやとりをしていた少女である。
「もちろん雪奈ちゃんも一緒にね〜」
「わ〜い☆」
美咲が『行こう』と言っていた時には何か言いたげな表情だったが、
雪奈が『行きたい』と言ったとたんに表情が変わってしまった。
全くの兄バカである。
「別に行っても良いが、カフェって何だ?」
「カフェって言うのは、珈琲とかを飲むところ。軽食も出るらしいわ・・・。
って、この前クリスティーナちゃんが言ってたでしょ!」
「そうだっけ?」
「え?クリスティーナおねーちゃんが来たの?」
『クリスティーナ』と聞いたとたんに、雪奈の顔がぱっと明るくなる。
「違うわよ、雪奈ちゃん。この前クリスティーナちゃんがカフェのこと話してたでしょ?
そのお話をしてたんだけど・・・」
「うん、クリスティーナおねーちゃん、カフェのこと話してたよぉ〜
美咲おねーちゃんが言ったみたいに言ってたと思う」
「でしょ?なのにこいつは・・・」
美咲がじーっと目を細めて勇樹のことを見る。
それを雪奈も真似てやろうとするのだが、どうしてもうまくいかないようだ。
かえって雪奈を可愛くみせてしまう。
「たははは。それよりさ、どーだ?海外からの新作、着てみるか?」
無理矢理話を変えようとしている魂胆は見えみえだ。
しかし、美咲は『海外の新作』という単語に敏感に反応した。
「し、新作・・・。着てみたいなぁ・・・・・・。
ねぇ、勇樹、一生のお願い。試着させて?」
すでに何回聞いたか知れない台詞を言いつつ、両手を合わせながら何気にウインクまでして見せる。
どちらかといえば、美人の部類に入る美咲のウインクに勇樹はドキッと・・・しなかった。
「試着だけは無料だぞ。後で買ってくれるとなおうれしい」
「わーい。じゃぁじゃぁ、ちょっと着替えてくる〜」
勇樹の話の途中で、美咲は駆け出していった。
どうやら服のことになると、雪奈よりも精神年齢が低くなるようだ。
「お兄ちゃん、美咲おねーちゃんどーしたの?」
「え〜っとね、雪奈もお菓子のことになるとはしゃぐだろ?それと同じ」
「ふ〜ん、なるほどぉ」
難しいことを理解しようとしている顔をしている雪奈の頭の中で、
『美咲=お菓子好き』という公式が成立した時、
唐突に、勇樹の目がふさがれた。
「だぁ〜れだ?」
どう考えても、そうしそうな人物は一人しかいない。
雪奈はずっと前にいたわけだから、つまりは・・・。
「美咲、そんなことしても誰だかすぐに分かるぞ?」
勇樹は自身満万に答えたつもりだった。
しかし・・・。
「勇樹君ごめんねぇ、私なの」
その声は、確かに美咲の声ではない。
後ろを振り返ると、確かに美咲の肌より白いし、なにしろ髪が金髪だ。
と、いきなり雪奈がたちあがった。
「あ、クリスティーナおねーちゃん☆」
そう言うと、クリスティーナと呼ばれた少女に抱きつく。
クリスティーナは、抱きついてきた雪奈を満面の笑みで頭を撫で始めた。
そのとき、勇樹はふとした疑問を感じだ。
「ねぇ、クリスティーナ」
「何?勇樹君」
「さっきの声、どう考えても美咲の声なんだけど」
「ふ〜ん、わかってんじゃん」
その声は、自分の前から聞こえてきた。
「み、美咲!?」
振り返った勇樹の目に飛び込んできたのは、
いつのまにか、着替え終わった美咲だった。
ん?なんで?
勇樹は疑問をすぐに理解した。
単純に、クリスティーナが目を塞いで美咲が声を出しただけ。
分かればどってことは無い。
「ところで、勇樹。クリスティーナも来たことだし。カフェとやらに行ってみない?」
「い?今から?」
「そ。善は急げってゆーでしょ。クリスティーナ、案内お願いできる?」
「ええ、いいわよ…。でも、勇樹君いいのかしら…」
「あー、勇樹は大丈夫。雪奈が行くならホイホイついて来るから」
「お、おれの意見は・・・」
「さぁ、レッツゴー!」
勇樹の意見はからっきし無視して、美咲は表へと出た。
その後を、クリスティーナと雪奈が手をつないで追う。
仕方なく勇樹も理不尽ながらも付いていくのだった…。
カフェ OCEANDREAM。
ここは、クリスティーナ曰く外人の旦那さんと、日本人の奥さんが切り盛りしているカフェらしい。
本場では、オープンカフェと言って表通りに椅子やテーブルを並べて置くものだとクリスティーナは言っているが、
ここは海の家風に壁が少なくなっているのが特徴の建物だ。
とりあえず座卓を囲んで座った勇樹達は、各々メニューを見る。
やはりというか、何と言うか、知らない外国のメニューが並ぶ中、いくつか見なれた名前も載っている。
「やっぱり、私は杏仁豆腐かなぁ〜」
大の甘党と言われる美咲は、即座に決める。
甘けりゃ何でもOKという甘いもの大好きな美咲だが、体質なのか太った試しが無い。
と、勇樹は見なれた文字を発見する。
“おはぎ”。
甘いものは余り食べない勇樹だが、これだけはいくつでも食べれるらしい。
勇樹がぼーっとその文字を見ていると、奥さんが注文を聞きにやってきた。
「まいど、あ、クリスティーナちゃん。また来てくれたんだね」
「はい。今度は友達を連れてきました」
「ありがとね〜、で、何にするんだい?」
奥さんは、全員の顔をひととおり見渡す。
その声にすぐさま反応するのが、まぁ当然と言ってはなんだけども、雪奈だ。
「わたしは、月見だんごがいい!」
果たしてメニューに載っているのかは定かではないが、奥さんはうなずいているのでおそらくあるのだろう。
雪奈に続いて、クリスティーナはプリン、美咲はやはり杏仁豆腐を注文する。
後は、勇樹だけだ。
勇樹が口を開こうとしたよりも早く、何故か美咲が言う。
「ああ、こいつはおはぎでいいわ。いいわよね?勇樹」
半ば強制的だが、別に抵抗する理由もないので勇樹はうなずく。
+モドル?+